2016年07月15日

はじめに

先日、わざわざ大阪から一人でドリプレガーデンに
いらしてくださった女性がいらっしゃいました。

その方としばらく、開墾時代の話とか、ガーデンを作るにあたっての考えとか
とりとめのないお話をしたのですが、その時、僕のブログの話題になりました。

その方は僕のブログをいつも読んでくださっていて、
しばらく更新していないことを気にされていました。

そして、開墾時代の話をとても喜んでいただいて、
それをブログに書いたらどうかしら、と提案してくださいました。

なんとなく、いつかは開墾時代のことをもう一度まとめておきたいという思いもあったので、
昔々、記録していた「森の生活通信」というブログを読み返してみました。

まさにリアルタイムで開墾時代の話を現在進行中という形で書いていたものですから、
いま、読み返すとずいぶんと恥ずかしい記述もあって、なんともほろ苦いのです。

40代前半のころですからねえ。
20年近く前のことになります。

さて、そんな開墾時代のことを思い出しながら
いま、振り返ってみるのもいいのではないかと思いました。

そして、当時の写真をひっくり返してみて、改めてびっくりの連続でした。
よくまあ、こんなことをやったなあ、と人ごとのように思います。

きっかけは、この方。

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せつさんが当時、2000年頃だと思いますが、
アメリカにすごいおばあさんがいるのよ、と目を輝かせながら話すのです。

まだターシャ・テューダーさんが、日本に紹介されて間もない頃でした。

忘れもしない、初めて訪れた蓼科のバラクライングリッシュガーデンで買った、
3鉢のオールドローズを川崎の自宅の20坪ほどの狭い庭で育てている時期と重なります。

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その後、すっかり薔薇に恋してしまったせつさんは、
自宅の狭いガーデンをなんとかターシャさんの庭に近づけようと奮闘していました。

休みの日は陽が暮れても、頭にヘッドライトをつけてガーデン作業をする毎日。
お隣のご主人に「埋蔵金」ですか、と声をかけられたのもこの頃でしたねえ。

その頃、薔薇もだんだん増えてきて、
せつさんが作った自宅のガーデンの薔薇のリストがこちら。

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自宅のガーデンと屋上に全部で150株ほどに増えていました。
すべての薔薇の品種に実際に育ててみてわかった、
色、香り、樹高、樹姿、耐病性、等々が、びっしりと書かれています。

それでもね、やはりというか、なんというか、
この自宅の庭ではどんなにがんばっても
絶対にターシャさんの庭にはならない、と悟ったようです。

そこからでした。
僕にもまったく想像がつかないような夫婦の新たな物語が始まったのです。

つづく
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posted by 夫 at 14:56| 千葉 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする